最高裁判所第二小法廷 平成元年(オ)1351号 判決 1993年2月26日
上告人
千代田火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役
鳥谷部恭
右訴訟代理人弁護士
谷正男
出宮靖二郎
被上告人
大紀商事株式会社
右代表者代表取締役
大松純忠
右訴訟代理人弁護士
高田良爾
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人谷正男、同出宮靖二郎の上告理由について
一譲渡担保が設定された場合には、債権担保の目的を達するのに必要な範囲内においてのみ目的不動産の所有権移転の効力が生じるにすぎず、譲渡担保権者が目的不動産を確定的に自己の所有に帰させるには、自己の債権額と目的不動産の価額との清算手続をすることを要し、他方、譲渡担保設定者は、譲渡担保権者が右の換価処分を完結するまでは、被担保債務を弁済して目的不動産を受け戻し、その完全な所有権を回復することができる(最高裁昭和三九年(オ)第四四〇号同四一年四月二八日第一小法廷判決・民集二〇巻四号九〇〇頁、最高裁昭和四二年(オ)第一二七九号同四六年三月二五日第一小法廷判決・民集二五巻二号二〇八頁、最高裁昭和五五年(オ)第一五三号同五七年一月二二日第二小法廷判決・民集三六巻一号九二頁、最高裁昭和五六年(オ)第一二〇九号同五七年九月二八日第三小法廷判決・裁判集民事一三七号二五五頁)。このような譲渡担保の趣旨及び効力にかんがみると、譲渡担保権者及び譲渡担保設定者は、共に、譲渡担保の目的不動産につき保険事故が発生することによる経済上の損害を受けるべき関係にあり、したがって、右不動産についていずれも被保険利益を有すると解するのが相当である。本件建物の譲渡担保設定者である被上告人が、本件建物を目的とし、上告人を保険者として締結した本件火災保険契約は有効なものであるとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。
二譲渡担保権者と譲渡担保設定者が別個に同一目的不動産につき損害保険契約を締結し、その保険金額の合計額が保険価額を超過している場合には、その二つの保険は、被保険者を異にするため、商法所定のいわゆる重複保険に当たるものではないから、商法六三二条、六三三条の規定を適用することはできないといわなければならない。したがって、右各法条の特約を定めている火災保険普通保険約款の該当部分が、この場合に適用されるものでないことも当然である。
そうすると、この場合において、損害保険金をそれぞれの保険者の間でどのように分担させるかについては、特段の約定がない限り、公平の見地からこれを決定するほかはないところ、譲渡担保権者と譲渡担保設定者は同一の被保険者ではないとはいえ、両者が有する被保険利益は、いずれも同じ対象物件に係るものであるから、同一の目的について重複して保険契約が締結された場合と同様の状態が現出することは否定することができないのであって、同時重複保険の場合の各保険者の負担額の算定を保険金額の割合に応じてすべきものとしている商法六三二条の規定の趣旨にかんがみれば、各損害保険契約の保険金額の割合によって各保険者の負担額を決定すべきものと解するのが相当である。
三原審の適法に確定したところによれば、本件損害保険契約の目的とされた本件建物の譲渡担保権者である大山正一が宇治市農業協同組合との間で締結した建物更生共済契約は、本件建物の譲渡担保設定者である被上告人が上告人との間で締結した本件火災保険契約と同様に、本件建物を被共済利益としてその損害をてん補する契約であるから、右に説示したところに従って、右農業協同組合と、本件火災保険契約の保険者である上告人がそれぞれ負担すべき支払保険金額(支払共済金額)を決定すべきである。本件においては、前記特段の約定はないから、それぞれの保険金額(共済金額)の割合によって上告人と右農業協同組合が負担すべき額を決定すべきところ、上告人が、被保険者である被上告人に支払うべき保険金のうち、損害保険金については、本件建物の損害額二一〇〇万円を、本件火災保険契約の保険金額である三〇〇〇万円と前記共済契約の共済金額である二〇〇〇万円との合計額である五〇〇〇万円で除した結果得られる額に、本件火災保険契約の保険金額三〇〇〇万円を乗じた額である一二六〇万円になる。原審は、上告人が負担すべき保険金額の算出を、火災保険普通保険約款に約定されている重複保険の支払保険金額の分担の調整条項によって算出し、これを一一四一万七一七九円とし、上告人が支払うべき臨時費用保険金額も同様に右約款の調整条項に従って六〇万円と算出し、上告人は被上告人に対し、右の一一四一万七一七九円及び六〇万円と、残物費用保険金額一二六万五九四一円の合計一三二八万三一二〇円を支払うべきものとして、被上告人の本訴請求のうち右合計金額の請求を認容すべきものとした。しかしながら、上告人が支払うべき損害保険金額は、前記のとおり一二六〇万円であり、これに残物費用保険金額一二六万五九四一円を合計しただけで既に一三八六万五九四一円となる(なお、前記共済契約において残物費用保険金が支払われる旨の約定があったとの認定は、原判決でされていないから、同保険金について上告人と前記農業協同組合が負担すべき額を決定する必要はなく、上告人は同保険金の全額を支払うべきである。)。したがって、原判決は、被上告人の請求の認容額を一三二八万三一二〇円に限定した点で違法があるといわなければならない。しかし、右の合計額は原判決の認容額よりも上告人に不利益であり、当裁判所は原判決の結論を維持して上告を棄却するにとどめるほかはない。
四論旨は、いずれも採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官中島敏次郎 裁判官藤島昭 裁判官木崎良平 裁判官大西勝也)
上告代理人谷正男、同出宮靖二郎の上告理由
一、第一審及び原審判決の判示は、次のとおりである。
第一審判決は、『譲渡担保は、債権担保のために目的物件の所有権を移転するものであるが、右所有権移転の効力は債権担保の目的を達するのに必要な範囲内においてのみ認められるのであって、担保権者は、債務者が被担保債務の履行を遅滞したときに目的物件を処分する権能を取得し、この権能に基づいて目的物件を適正に評価された価額で確定的に自己の所有に帰せしめ又は第三者に売却することによって換価処分し、優先的に被担保債務の弁済に充てることができるにとどまり、他方、設定者は、担保債権者が右換価処分を完結するまでは、被担保債務を弁済して目的物件についての完全な所有権を回復することができるものと解する(最高裁昭和五七年九月二八日判決裁判集民事一三七号二五五頁参照)。
したがって、前記のような譲渡担保の趣旨及び効力に鑑みると、担保権者はもとより設定者においても火災保険契約の締結について所謂被保険利益を有するものと解される。してみると、原・被告間の本件火災保険契約は有効である。』
そして、『<書証番号略>(火災保険普通保険約款)五条一項および二項を適用した次の計算式により『被告の支払うべき保険金は(中略)損害保険金一一四一万七一七九円(円未満切り捨て)、臨時費用保険金六〇万円、残物費用保険金一二六万五九四一円の合計金一三二八万三一二〇円である。』
『計算式
損害保険金
臨時費用保険金
』
と判示したが、原判決は、右第一審判決理由のうち『前記のような譲渡担保の趣旨及び効力に鑑みると、担保権者はもとより、設定者においても火災保険契約の締結について所謂被保険利益を有するものと解される。』との部分を『右の譲渡担保の経済的機能に着目すれば、一個の物の所有権が譲渡担保権者と設定者の間に分属しているものということができ、その結果、所有者としての被保険利益も右両者間に分属し、そのいずれもが自ら所有者として火災保険契約を締結しうるものと解するのが相当である。このように解したとしても、被保険者が不当な利得をする等公序良俗に反する事態が起こるものとは考えられず、むしろ、現実の経済的利益の帰属する者に生じた損害を填補する保険制度の目的に合致するものというべきである。』と変更し、その他の部分を引用している。
二、上告理由
1、第一点 譲渡担保に関する法令の解釈・適用の誤り
原判決は、譲渡担保の経済的機能よりみて、一個の物の所有権が譲渡担保権者と設定者の間に分属しているということができるとしているが、この判断には、以下に述べるとおり、譲渡担保に関する法令の解釈、適用を誤った違法があり、右違法は、原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄せられるべきである。
譲渡担保は、債権担保の目的をもって所有権を移転するものであるから、原判決の指摘するように、『担保権者は、債務者が被担保債務の履行を遅滞したときに目的物件を処分する権能を取得し、この権能に基づいて目的物件を適正に評価された価額で確定的に自己の所有に帰せしめ又は第三者等に売却等することによって換価処分し、優先的に被担保債務の弁済に充てることができるにとどまり、他方、設定者は、担保権者が右の換価処分を完結するまでは、被担保債務を弁済して目的物件についての完全な所有権を回復することができる』(最高裁昭和五七年九月二八日判決)ものであることについては、もとより上告人においてもなんら異論はないが、譲渡担保は、原判決並びに右最高裁判決がその理由に掲示するように、『債権担保のために目的物件の所有権を移転するもの』であり、同じく担保の目的でなされる代物弁済の予約等と異なって、担保の目的である財産の所有権を担保権者に移転することによって信用授受の目的を達する制度(我妻榮・新訂担保物権法五六八頁・五七四頁)である。所有権は移転するが、担保という実質的目的から債務者保護のための清算義務や弁済による所有権の回復が認められるのであり、清算義務が残り債務者の弁済による所有権の回復が認められるから所有権が設定者に残存しているということにはならない。むしろ、弁済による所有権の回復は所有権が担保権者に移転していることを前提とするものである。
このように、担保権者は、所有権が自己に移転した効力として、債務者が被担保債務の履行を遅滞したときに目的物件を処分する権能を取得し、この権能に基づいて目的物件を適正に評価された価額で確定的に自己の所有に帰せしめ(債務者による所有権の回復ができなくなる)、又は第三者に売却等することによって換価処分し、優先的に被担保債権の弁済に充てることができるのに対し、設定者は、担保権者が右の換価処分を完結するまでは、被担保債務を弁済して、債権者に移転した目的物件の完全な所有権を回復することができる権利を有するに過ぎない。目的物件に対する担保権者の権能と設定者のそれとは全く異っており、これを同じ所有権による権能として、一個の目的物件に対する所有権が担保権者と設定者に分属しているということにはならない。原判決は、一個の物の所有権が異なる主体に異なる権能をもって帰属するかの如く判断しているが、これは、譲渡担保を経済的機能からのみみて、所有権の本質を見失い、譲渡担保の法律的構成を誤解するものである。
もっとも、目的物件の価額が被担保債権の額を上回る場合においては、たしかに、その目的物件の有する価値は、担保権者と設定者に分属していると言うことができ(いわば、所有権の価値的分属)、譲渡担保権者と設定者の内部関係においては、被担保債権の額により実質的に把握されている価値の割合により、その価値は両者に分属していると言えるが、しかし、目的物件の所有権そのものは担保権者に帰属し、設定者のもとではゼロになっている(我妻・前記五七五頁)。目的物件の価値は被担保債権の額によって担保権者と設定者に分かれて把握されているが、目的物件に対して有する権能は既にみたように担保権者のそれと設定者のそれでは異なっており、これを同じ所有権の分属とみることはできない。
原判決が引用している最高裁昭和五七年九月二八日判決も、設定者に所有権が分属する旨明確な判示をしているわけではなく、設定者は、担保権者が換価処分を完結するまでは、被担保債務を弁済して目的物件についての完全な所有権を回復することができるのであるから、正当な権限なく目的物件を占有する者がある場合には、特段の事情のない限り、この完全な所有権を回復することができる効力等によって、設定者はこの占有者に対してその返還を請求することができる、としているのである。不法占有者に対して妨害排除を求める場合、現に所有権を有していなくても、所有権を回復できる地位にあれば、それ自体保護に値するものであり、かく解することに何の支障もない。これに対して、本件建物の火災保険契約の被保険利益たる本件建物の所有権(請求原因並びに<書証番号略>等により、本件建物の所有権が本件火災保険契約の被保険利益であることは明らかである。建物を保険の目的とした火災保険契約の被保険利益が所有者としての利益であることは、火災保険普通保険約款(<書証番号略>)第三条第二項が『建物が保険の目的である場合には、被保険者の所有する畳、建具その他の従物および電機、ガス、暖房、冷房設備その他の付属設備は、特別の約定がないかぎり、保険の目的に含まれます。』と定めて、建物の所有権のほか、建物の従物及び付属設備の所有権を含むが、その他の利益を含まないことを宣明していること、建物を保険の目的とする火災保険の保険料率は、右約款第三条第二項に定める被保険利益を基礎として定められていることなどによって明白である(損害保険研究第二二巻第二号南出弘『不動産を譲渡担保に供した債務者が所有者として締結した火災保険契約の被保険利益』九三頁、共済保険研究昭和三六年一月号南出弘『譲渡担保と火災保険』二七頁・二八頁参照)。第一審判決は、『設定者は、担保権者が換価処分を完結するまでは、被担保債務を弁済して目的物件について完全な所有権を回復することができるから、設定者においても火災保険契約の締結について所謂被保険利益を有するものと解される。』旨判示しているが、設定者が有するかかる経済的利益は所有者利益ではなく、右第一審の判断は火災保険普通保険約款第三条第二項に反するものである。)が誰に帰属するかは、保険契約の効力に関係する重要な問題であり、厳格にこれを判断しなければならない。
しかるところ、右に述べたように、譲渡担保は外部的に目的物の所有権を移転することによって法律的に構成される担保制度であり、原判決のいう所有権の分属は、原判決が引用する最高裁昭和五七年九月二八日判決の趣旨とも符合しないものであって、被上告人が弁済によって本件建物の所有権を回復するまでは、本件建物の所有権は被上告人にはなく、従って、本件建物の所有権を被保険利益とする被上告人の本件火災保険契約は無効と言わねばならないのである。
2、第二点 譲渡担保に関する法令の解釈・適用の誤り並びに公序良俗違反
仮に、原判決の認定するように、担保権者と設定者に一個の物の所有権が分属していると考えるべきであるとしても、その結果、所有者としての被保険利益も両者に分属するとして、直ちにそのいずれもが所有者として火災保険契約を締結し得ると解するのは、保険制度或いは保険契約の公共性・社会性・技術性を見誤まるものであり、大量・画一かつ迅速なる処理を要求される保険契約の実情に全く背馳するのみでなく、二重保険・超過保険等の事態が見過ごされ易く、被保険者が不当な利得をする等公序良俗に反する結果ともなる。よって、担保権者と設定者に被保険利益が分属するとして、両者に自ら所有者として火災保険契約の締結を認容する原判決は、譲渡担保に関する法令の解釈・適用並びに民法第九〇条の適用を誤った違法があるといわなければならない。そして、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。
(1) 譲渡担保の設定により、目的物の所有権が担保権者と設定者に分属するとして、その分属の割合を明確にすることは極めて困難である。譲渡担保関係が清算段階に至るまでは、一部弁済、利息や損害金の発生等により被担保債務の額は常に変動し、保険契約時、或いは保険金の支払時においてこれを正確に把握することは難しく、かつ、これを公示する制度もない。被保険利益の分属論は大量・画一かつ迅速に処理を要求される保険契約の実情に全く背馳するものである。
(2) 原判決判示の被保険利益の分属論によれば、担保権者と設定者は、それぞれ別個独立して同一の目的家屋について、別々の保険者との間で火災保険契約を締結することができる。しかし、保険者の方では必ずしも他社の契約状況を捕捉することができるものではなく、一つの家屋について二重の保険契約がなされ、二重に保険金が支払われる虞れがある。商法第六二九条は損害保険契約は損害の填補を目的とする旨定め、同第六三一条は超過保険につき超過した部分を無効と定めているが、担保権者と設定者が別々に保険契約を締結した場合、所有権の分属割合が公示されていない現制度にあっては、超過保険が見過ごされ、損害を超過した保険金が支払われる危険は極めて大きい。このため、同法第六二九条が定める損害保険の目的を越脱し、損害保険を射倖的利得の対象と化し、更には不当な利得を企む者の犯罪行為を誘発・助長することにもなりかねない。
(3) このような契約者の不当な利得を予防するためには、保険者は保険契約の締結に当たり、登記簿上の所有名義の如何にかかわらず常にその家屋が譲渡担保の目的物件であるか否かを調査しなければならない。しかし、このような調査は、大量取引である保険者に堪えうるものではないし、それを要求する場合には、保険的空白が生じる可能性もあり、保険制度の社会性が著しく阻害されることになる。
(4) 以上述べたように、被保険利益の分属により、担保権者と設定者の双方に保険契約の締結を認めると、二重の保険がなされ、損害の填補以上の保険金が支払われ、契約者が不当に利得を得る事態が招来されるのであって、公序良俗に著しく反する結果となる。また、分属の割合を公示する制度がなく、担保権者と設定者による保険契約の共同申込が義務づけられていない今日においては、これを防止する方策は容易でなく、大量・画一かつ迅速を必要とする保険に、所有権及び被保険利益の分属を認めることは極めて妥当を欠くと言わざるを得ない。
よって、所有権及び被保険利益の分属を認めて双方に火災保険契約の締結を認める原判決は、譲渡担保に関する法令の解釈・適用を誤り、かつ、現行保険制度のもとにおいて公序良俗に反するものであるといわねばならない。(注)
(注)(一) そもそも、譲渡担保権者と設定者間の清算関係は、自らの意思によって譲渡担保契約を締結した当事者が、全面的に自らの責任においてなすべきであって、譲渡担保契約に全く関与せざる保険者という第三者に、その清算義務を負担さすべきものではないであろう。このことは、本件のように登記簿上家屋の所有者となっている譲渡担保権者が、その家屋を第三者に売却した場合に、その譲渡代金に対する清算は、譲渡担保契約の当事者がこれを行うべきであって、買受人が責任を負うものではないことを考えれば、容易に首肯できるであろう。しかるに、原判決判示のような分属論は常に超過保険や重複保険が発生する危険が大であり、しかも、譲渡担保における清算処理義務を第三者である保険者に転嫁するという不合理な結果を招致するのである。
(二) 譲渡担保権者は、被担保債権の完全な回収を意図し、譲渡担保の目的物件に火災保険を付ける。
原判決判示の分属論によれば、設定者も独自に目的物件に火災保険をつけることができるから、譲渡担保権者は、自己の付けた保険金によって前記意図に反して被担保債権の完全な回収を得ることができず、設定者のつけた保険金に対して物上代位権を行使して、これを差押えざるを得ないという不合理なことになる。分属論にはこのような欠陥もある。
3、第三点 商法第六二九条、第六三一条違反
本件家屋には、担保権者である訴外大山正一の宇治農協の建物更生共済契約(以下共済契約という)と本件火災保険契約の二つが付保されており(後記注)、原判決が引用する第一審判決の計算によると、損害保険金については、損害額が二一〇〇万円であるにもかかわらず、宇治農協が一七七〇万九一一一円(既に支払済)、更に上告人が一一四一万七一七九円を支払うことになれば、計二九一二万六二九〇円が支払われることになって、被保険者は八一二万六二九〇円を不当に利得することになる。また、臨時費用保険金についても、その最高額が一五〇万円であるのに、宇治農協が一五〇万円(支払済)、更に上告人が六〇万円支払うことになれば、計二一〇万円となって、被保険者は六〇万円を不当に利得することになる。即ち、原判決は、火災保険普通保険約款第五条第一項及び第二項を適用して、損害保険金につき、損害金より八一二万六二九〇円の超過支払を命じ、また、臨時費用保険金六〇万円の超過支払を命じているが、これは商法第六三一条の超過保険に関する審理を欠落し、損害を超える保険金の支払を命ずるものであって、同条並びに同法第六二九条に違反するものであり、判決に影響を及ぼすことが明らかである。
(注)(一) 本件家屋につけられた保険金額は、譲渡担保権者がつけた宇治農協に対する共済契約金二〇〇〇万円と設定者(被上告人)がつけた上告人に対する火災保険金三〇〇〇万円の合計五〇〇〇万円となる。
他方、本件家屋の保険価額は保険金額より約二〇〇〇万円少ない二九七九万九〇〇〇円である(別紙鑑定書)。
即ち、本件は、計算上約二〇〇〇万円の超過保険であることが明白である。
(二) 被上告人と上告人間の火災保険契約は、昭和五二年七月一三日に締結され、毎年七月に更新されてきたところ(別紙火災保険契約申込書及び同更新申込書)、昭和五九年一月に被上告人は、訴外大山正一に本件家屋につき譲渡担保権を設定し、かつ大山名義で保存登記をした。訴外大山は昭和五五年一月に訴外宇治農協との間で、本件家屋につき建物更生共済契約を締結したものである。
4、第四点 商法第六三三条違反
原判決は、右に述べたように、火災保険普通保険約款第五条第一項及び第二項を適用して、損害保険金につき損害金より八一二万六二九〇円の超過支払を命じ、また、臨時費用保険金六〇万円の超過支払を命じているが、火災保険普通保険約款第五条第一項及び第二項は、同一の被保険者、同一の被保険利益についての重複保険に関する商法第六三二条及び、第六三三条の例外規定であって、本事案のような、譲渡担保関係における担保権者と設定者が、別々の保険者に対して、それぞれ別個に火災保険契約を締結した場合に適用すべき規定ではない(別紙意見書参照)。同条項は、本事案のような場合を想定して定められたものではない。かかる場合に、約款第五条を適用すべしとするならば、重複保険による保険金の過払いという不当な結果になる。
右の次第で、火災保険普通保険約款第五条第一項及び第二項は、本件事案に適用し得ない規定であり、本件においては商法第六三三条が適用されることになる。
ところで、商法第六三三条は、異時重複保険につき、先の保険者の優先的填補義務と後の保険者の補完義務を定めている。本件事案に商法第六三三条を適用すれば、原判決が認定しているように、担保権者の宇治農協に対する共済契約の方が、設定者である被上告人の上告人に対する火災保険契約よりも先行するから、先ず、宇治農協の共済契約をもって、火災損害金一七七〇万九一一一円と臨時費用一五〇万円の損害を填補した後、後行の本件火災保険をもって、残りの火災損害金三二九万〇八八九円(火災損害金二一〇〇万円から火災共済金一七七〇万九一一一円を控除した額)を填補すれば足りるのである。臨時費用については、先行の共済関係においてその最高額一五〇万円が支払済であるから、後行の本件火災保険から補完すべき臨時費用は零となる。
商法第六三三条を適用すべきであるのに、これを適用しなかった原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があるから破棄されるべきである。
5、第五点 理由不備の違法
原判決には、左記に述べる理由不備の違法があるから、破棄されるべきである。
原判決は、『一個の物の所有権が譲渡担保権者と設定者の間に分属している』結果、『所有者としての被保険利益も右両者間に分属している』と判示しているが、両者間にどのような割合で分属しているのかを全く判示していない。分属の割合が明確でない限り、損害保険金算定の計算式は成り立たず、計算は不可能である。原判決が用いている前記計算式では、上告人が査定した被上告人の損害額二一〇九九〇一七と宇治農協が査定した大山正一の損害額一七七〇九一一一の合計が分母にきているが、この数字は、譲渡担保の被担保債権とは全く関係のない数字であり、被保険利益の分属割合とも何らの関連性を有していない。原判決には、計算の根拠としての理由が全く欠如しており、理由に不備があると言わざるを得ない。
6、第六点 理由齟齬の違法
原判決には、その理由に齟齬があるから、破棄されるべきである。
原判決は、所有権及び所有者としての被保険利益が譲渡担保権者と設定者間に分属し、両者がいずれも自ら所有者として火災保険契約を締結し得ると解したとしても、被保険者が不当な利得をする等公序良俗に反する事態が起こるものとは考えられない旨判示しながら、前述したように、被保険者が火災損害金につき八一二万六二九〇円の、また、臨時費用保険金につき六〇万円の不当利得を得る算定をしている。原判決には、右の如く、理由に齟齬があるから破棄されるべきである。
(添付書類省略)